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クスリと笑えるブログにしたい
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卒業論文を無事に提出してきました。これであとは発表を乗り切れば終わりです。卒業です。 てか他大学の人たちって発表ないんですか?なんか発表練習で苦しんだとかパワポ大変とかいう声が全然聞こえてこないjんですけど、そういうのないんすかね?? まぁ、とりあえず発表が30日で、それまではまだまだパワポ準備と発表練習で忙しくなると思います。パワポも家のパソコンに入ってないから学校に行かないといけなくって、めんどいっすね。 それもおわったら、そのあとは運転免許とイベント検定の勉強かな?あとバイトしてお金をためなければならない。 アパートさっさと引き払って地元生活しようかとも思いましたけど、やはり地元に帰ったらバイトとかできそうにないので、こちらで働ける場所を探したいと思います。 そんなこんなで30日まではまともに更新できないかと思われー

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結構ガチで卒論提出できない気がします。ってくらい向き合えない。



1月25日に提出で、30日に発表があって、まぁ、うん。



個人的にはそこまでのクオリティを出す気がなくって、適当にやりたいなって思っています。
だけども先生が結構プレッシャーをかけてきていて、結構しっかりしたものにしないといけなそうで、結構しんどいです。



なんかなー、ここにきてなー。あと少しなんだけど、頑張れないんだよなー。あー。




卒論から目をそむけて何をやっているかと言いますと、お絵かきしています!



僕、絵心ない芸人並みに絵心ないんですけど、でも今後社会に出る上で、まぁクリエイティブな仕事をやるので、図とかなんかデザインとか?そういうの結構やる機会があるんじゃないかと思ってて、なのでそういう意味で上達したいと思いまして!




それで、絵を上達するには何がいいかって調べたら、多く書くこと、というまぁまっとうなご意見がかなり多かったので、とりあえずいっぱい書いています。あと好きなものを書くようにしている。


ひとまずの目標はツイッターの自分のアイコンを自分でかけるようになりたいなーって思ってます。
なんかさ、Perfume用アカウント持ってるんですけど、そっちのアイコンはネットで見つけたあ~ちゃんの画像を使っていて、でもそういうのってあんまりよくないんですよね?著作権とか的に?詳しくないのでちょっとあれなんですけど…

かといって表アカと同じやつ使うのも嫌ですし、でも他にいい感じのもないし、、、って思いまして、だったら自分でPerfumeの絵を描いてアイコンにすればいんだ!って思いました。



ということで、好きなもの=Perfumeの絵を描いています。ただ想像で描くのは無理なので、他の人が書いたイラストをまねしてみたり、CDのジャケット写真を書いてみたりしています。模写です。



まぁ、模写はそこまでひどくなく書けるようで、まぁ一応高校美術で結構絵を描いてたしな、自分で書いたあ~ちゃんかわいい!!!!!!!って一人で興奮しています。




全然知らないんですけど、パソコンで絵を描くためのツールって、ペンタブ?イラレ?とかなんですか?買わないといけないんですかね。いくらくらいするんですかね。



とりあえずは鉛筆を使って書きますが、今後はそういうものを使ってかけたらいいなーと思います。





ということで、卒論から目をそむけてブログ更新でしたー。

おわり

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ぼろくそにいわれた

くずくずくずくず


はんこうきの


ぱらだいす

ふずいする


ゆうえんち



むり


がらくただらけだ



すくすくそだって



きんたろー



でっすっよのさいきんはーあやまることいっぱーい






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最近フラッシュバックという現象に興味を持っています。


フラッシュバックとは-はてなキーワード(■■■)
1過去の記憶が侵入すること。PTSDの定義で言う再体験の一つ。
2映画や映像などの作成技術の一つ。
3麻薬中毒者による幻覚症状の再現

フラッシュバック (flashback) とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様にに見たりする現象。(Wikipedia参照)


まぁ、突然、むかし体験した映像を見たり、音を聞いたり、感情があふれ出たりする現象です。「思い出す」ことではなくって、同じ体験を「再び体験する」ことです。

そこまで詳しくないので知らないんですけど、狭義的には、動悸が激しくなることや手足が震えることなど、身体的反応が見えてくるような強い情動反応(感情の強い動き的な意味)を起こす再体験のことを指すようです。



それで、僕はほぼ毎日このフラッシュバックに苦しんでいます。まぁ苦しむといっても深刻に悩んでいるわけではないんですけど。

「自分に今起きているこの現象には、一体どんな名称がつけられているんだろう」

と気になりまして、調べてみたところ、フラッシュバックという現象であることがわかった、って感じです。



特に僕がよく再体験するのは過去にあった恥ずかしい体験で、例えば一発ギャグをみんなの前でやらされて全力ですべった時に感じたあの恥ずかしさが、今でも鮮明に思い出されて、もう何がなんだかわかんなくなって、
















死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい









って叫ばざるを得ない状態になります。それを再体験すると同時に急に口からその言葉が発せられる。なんの自制心もきかない。




こういう体験がめちゃくちゃあって、日替わりで違う体験をしています。デートで失敗したときの思い出とか、お酒飲んでやらかしたときのこととか。そんな強いトラウマ体験ってほどでもない些細な日常生活であるようなことにでも、フラッシュバックと言うのは起きるということです。





それが現状の僕なんですけども、やはりこんなことが起きていると思うこともありまして。

というのは、僕はこのように自分の様々な失敗体験を笑い話にすることもできず今でもそのときの苦しみを味わうような生活をしていて、その体験がいつ襲ってくるかもわからないし、いつ治るかもわからない、そもそも治るのかがわからない現状、「若者は多くの失敗をしろ」なんて言葉を容易に受け入れることができません。



多くの失敗をすることで、それをばねに、よりステップアップしていけるという理屈はわかるのですが、でも僕の場合、その失敗経験のせいでいつまで経ってもそのときの失敗の時に感じた恥ずかしさやらに襲われ、苦しみ、死にたくなってしまいます。


いまでさえこんな状況で、今後ますます失敗経験を増やしていったら、自分はどれだけのトラウマを抱えて、どれだけの心理的弊害を抱えていかなければならないんだろうか、と。ぼくそのうち間違いなく死にますよ。




そんなこんななんですけど、まぁ、とりあえず若者だからいっぱい失敗しよう!なんて意気込まずにも失敗はするだろうし、失敗したら結局は同じように死にたくなるだろうし、でもまだ死にたくないですし、だからなんとかこんな現象は治したいわけです。

フラッシュバックからの回復とは、その体験が過去のなんでもない思い出のなかにまじりあっていくことだそうです。まぁ、そうか。確かに僕の再体験はまさにその瞬間だけを切り取ってその気持ちを体験しているので、それがその他の思い出と一緒に、特別なものでは無い思い出になってくれさえすれば治るのか。



問題はどうすればなんでもない思い出に混ざっていってくれるのかってところなんですけどね。うん。


それって、僕が今やっていることと全く真逆のことだと思うんですよ。

というのも、僕は「その時その瞬間に感じたものを大事にしたい。それが本当の想いだから。」っていう思考のもと、こうしてブログを書き続けているわけで、その瞬間を切り取ったものを載せて言っているわけで。
でも、フラッシュバックを治すためにはそれらを他の思い出のように「なにも特別でないもの」にしないといけないんですよね。あぁ、真逆や。



てかつまりこのブログこそがそれらの記憶を思い出す、再体験する最高のツールになっていて、諸悪の根源ではないのか、という話です。その可能性が大いに考えられるよなぁ。あぁ。


そんなに恥ずかしかった話とか、してないけどね。それに抱いた感情を載せるような記事はかなり減った感あるけどね。(それは感情の揺れ動きがない生活(このことについても後日書きたい)をしていることに由来する)




おわり

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うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ




なんでやねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん









SKEでは1推しで、このブログにも何回か名前が挙がっている小木曽汐莉をはじめ、かつお、平松加奈子などなど計9名の卒業発表がありまして。





まじかぁ、せっかくSKE知り始めていたのになぁ、、、っていう落胆がすごいです。特にSKE1推しの小木曽の卒業がかなり精神的にきてます。色々やる気でんくなった。




かつおのブログを見たところ、SKEは(多分たいていのアイドルグループは)個人でオーディションを受けたりすることができないらしく、それが自分の夢である女優への足枷になっているようで。


自分の夢をかなえるために、SKEを卒業していくということでした。



他のメンバーも言葉にしてはいないけど、結構同じ悩みを抱えて、そして卒業という道を決めたのかなぁって思います。




SKEというグループは、まだ全国区とは言い難いところがあって、演技の仕事が回ってくることがほとんどなく、回ってきてもトップ2である松井玲奈と松井珠理奈にまわされる現状を考えると、この卒業は「賢い」選択だと思うし、「夢に向かえる」選択だと思います。


思うんですけど、、けど、でも、うーん。


年末に書いたAKBグループへの違和感と言う記事に、「AKBグループは一体感がない、グループ愛が欠如している」と書いたのですが、SKEについてはそこまでそう感じていなくって。

それは松井玲奈を筆頭に、多くのメンバーがAKBのおまけのような不遇の扱いを受けていることに腹を立て、どうにか認めてもらえるように、どうにかAKBを追い越せるようにがんばってきている印象を持っていたからです。



でも、今回のような大量卒業とかがあって、理由はわかるんですけど、結局、「グループ」より「個人」の夢をとった、ということで。


いや、それが完全に悪いわけではないというか、AKBグループの理念に基づいたら何も悪くなく、正しい選択なんですけど!なんですけどね、やっぱりね、俺は嫌だなって。嫌いだ。このシステム。



ここまで書いて、「でもももクロのあかりんも個人の夢のために卒業したよな…」って思って、でもこちらには全く違和感とか嫌気とかを感じないという事実がありまして。



これはなんでだろう、って考えたんですけど、それは「動画で発表を見たかどうか」「そのときの表情とかしぐさとか、言葉を聞いたかどうか」っていう差なのかなーって思いました。



あかりんからは「本当に苦渋の選択で決めた」「ももクロ大好き」みたいなのが、その発表とか卒業のときとかに感じ取れたから、納得出来たんじゃないですかね。SKEはまだそれをしていないから納得できていない、とか…?きっとこの先、この卒業を納得できる日が来る…?




ちょっと最後ぐだりましたけど、とりあえず悲しんでいるということです。悲しい。辛い。


おわり



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